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京都のストリートから活動がスタートしたが、その少し以前にはまさか自分が人前で一人演奏するなんてことは予想もしなかった。
当時6弦ベースは、その潜在能力を発揮されることもなく手元で眠っていたし、JAMMANはメモリーを増設したものの、こちらも押し入れの中で眠ったままだった。
音楽に対する未練と不発の欲求不満から、というよりもむしろ将来、目標に対して努力をしなかったという後悔の念に自分が押し潰されるかもしれないという恐怖から、再び楽器を握る決心をする。
もともと有名アーティストの新譜を追うこともなく、音楽鑑賞が趣味でもなかったので、一人で活動するにあたってのお手本はほとんど思い浮かばなかった。ましてや聴いていたその大半は歌モノを占めていたので。
今でこそビクター・ウッテンや今沢カゲロウ氏などのベースをソロでプレイするアーティストの存在を知ってはいるが、当時は知る由もない。
唯一、イメージとして参考になり、音楽性にも影響を与えてくれたのが、20才の頃に聴いたギターリスト、マイケル・ヘッジズの音楽だった。
ギターほどの和音構成が無理なのは仕方ないが、ループマシンと慣れないフォームを追求すれば、表現したい世界に少しでも近づけるのではないかと考えていた。
ブランクも長く、ミュージシャンとの接点もなかったのでソロをやりたかったというより、一人でやるしか選択肢がなかったという感じだろうか。
今ではソロしかやる気が起こらないのだが…。
活動を始めた頃はいつまでもつか、自分の世界もすぐに尽きてしまうのではないかと思っていたが、数年経った今もかろうじて続けられている。
もちろんそこには大勢の支えの存在があり、それ抜きでは現在は有り得なかっただろう。
エレキベースの可能性というよりは、自分自身の可能性を追求しているのではないかと最近になって思う時がある。
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